4年前にベトナムヘ行った時に、ベトナム戦争の悲惨さや、まだ枯葉剤の影響が人々の暮らしに出ているということを知りました。
ですが、ラオスもかなりの痛手を被ってしまったというのは、結構知らない日本人も多いのではないでしょうか??
それも、ラオスでも今もなお「不発弾」が出てきて亡くなる方や、大ケガを追う人もいるんだとか。
そんな状況を知らせるための施設「コープ・ビジターセンター」へ行ってきました。
ちょっとわかりづらい場所
敷地の入り口にこのような小さな看板は立っていますが、敷地の中の奥にコープ・ビジターセンターがあるため、通りからはわかりにくいです。
National Rehabilitation Centre(国立リハビリテーションセンター)敷地内
敷地に入るとまず目に入るのがこの建物。
コープ・ビジターセンターは、いわゆる「資料館」という扱いで、多分こちらがメイン。
http://lao-foundation.org/national-rehabilitation-center/
障害のある子供達のための施設のようです。
この建物に突き当たったら、右に曲がります。
この建物が「コープ・ビジターセンター」です。
爽やかな白い建物にブルーのライン。
展示室
爆撃された被害の地図
展示室は撮影OKか聞いてみたところ、大丈夫と言うことなので、ガンガン撮影させていただき、写真でお伝えしたいと思います!!!!
この地図はラオス全土の地図です。1965年から1975年までの10年間で赤い部分がアメリカから爆弾を落とされた場所を示しています。
当時使われていたクラスター爆弾を表現
これを見た時に、鳥肌が立ちました。。。
こんな野球のボールより一回り小さいくらいの重たい鉄球が爆発で飛んでくる。ひとたまりもない。戦争ってこう言うことなんです。。。
ラオスの不発弾処理
ベトナム戦争時代の爆弾は、今より技術が劣っていたため、爆弾が落下して地面に落下しても爆発せず、不発弾になる確率が格段に高かったそうです。
なので、ラオスの国には大量の不発弾が埋まっています。
それの不発弾処理の説明です。
不発弾の多さに驚く
日本でも第二次世界大戦の不発弾が見つかったと、時々ニュースになりますが、そう言う時は地域住民を避難させて自衛隊やら警察やらが出てきて大騒動になります。
当然ですね。どんな小さな爆弾でも、もし爆発すれば死者が出て当然のもの。
むしろ、人を殺す道具なのです。
不発弾に苦しむラオスの国民
不発弾処理をしたと言っても、埋まっているものの一部が撤去されただけで、まだまだたくさんの爆弾が土地の中に埋まっています。
それによって、ベトナム戦争が終わって何十年も経ってもラオス人を攻撃し続けているのです。
義足の機械
義足も、今テレビでみるパラスポーツなどで活躍している人たちの義足とはかけ離れた感じの古いタイプの義足が並んでいます。
義足だけでなく、義手もありました。
こちらは義手の方用のスプーンだったりフォークだったり、茶碗だったり。
ここに「Phantom Pain」と書いてありますが、手を失った人たちが既にもうない部分の痛みを感じると言うことがあるそうです。
それの治療に使われる鏡のボックスがあります。こう言ったものも使われていたようです。
モニターに映る映像も注目だけれど、そのモニターを飾る(?)義足たちもすごいですね。不要になった義足たち。
こちらにもぶら下げてありますが、とにかくこの数の多さに息を飲みます。
これは地方にあるようなラオスの伝統的な住宅と同じようなものが作られていました。
こう言うところに住んでいる人たちが、この不発弾の犠牲になっています。
外に出ると今の世界
資料館の中も、まだ現在まで続くものだけれど、子ネコがコープ・ビジターセンターの前でのんびり過ごすのも現実。
資料館の横にお土産屋のようなショップがあります。そこの商品はラオスの標準的な価格よりは少し高価だけど、そこの収入が寄付になるようなので、少し多めにコーヒーやアクセサリーを買ってきました。
コープ・ビジターセンター
開館時間:9:00〜18:00
休館日:無休